中村 弘一さん (20代)
ケニアでキッチンカー・日本食販売 起業家

1990年生まれ。大阪出身。関西大学卒業、日本生命保険相互会社で営業管理職を経て、カナダで英語、グアテマラでスペイン語を学ぶ。BBT大学に入学後、オーストラリアのバナナ農園などで働きながら経営を学ぶ3年間を過ごした。これまで数多くの途上国を目の当たりにしてきた経験から、アフリカで起業し、アフリカの発展に貢献することを決心。新たな門出の決意の裏側を中村さんに伺った。

1990年生まれ。大阪出身。関西大学卒業、日本生命保険相互会社で営業管理職を経て、カナダで英語、グアテマラでスペイン語を学ぶ。BBT大学に入学後、オーストラリアのバナナ農園などで働きながら経営を学ぶ3年間を過ごした。これまで数多くの途上国を目の当たりにしてきた経験から、アフリカで起業し、アフリカの発展に貢献することを決心。新たな門出の決意の裏側を中村さんに伺った。

「30歳になるまで猶予はない」人生が動き出すきっかけとなった23歳当時の決断

関西大学を卒業し、日本生命で営業管理職に就いていた23歳の頃、自分が本当にやりたいことを考え直す機会がありました。私は父が経営者だったこともあり、もともと起業志向が強く、30歳までには自分で起こした会社を軌道に乗せたいと考えていました。30歳になるまで長い時間はありません。そこで同社を退職することを決意しました。

ここがターニングポイントとなり、自分が望む方向に人生が動き始めたように感じています。

アフリカを自分の専門分野の一つにしたい

将来の起業に向けて動き始めた当初、自分には「専門分野」と呼べるような得意領域がまだないと感じていました。そこで最初に、語学と経営を学び始めたのです。日本生命を退職した後の数ヶ月間で、カナダで英語、グアテマラでスペイン語の習得に励み、経営を学ぶためにBBT大学に入学しました。BBT大学は世界中どこにいても自由に学べて、且つ、起業に必要なことの全てを修得できます。私にとって「ここしかない」という思いで選択しました。BBT大学在学中は、オーストラリアのタリーにあるバナナ農園で農作業に従事したり、NPO法人のお手伝いで、ケニアでギャングの社会復帰支援をしたりと、世界各地で働きながら学びました。今思えば、農園で働いた経験や途上国でのボランティア経験も、自分に必要なことだったと確信しています。

語学と経営を学びながら、何か自分でできることはないか、そう考えていた頃。途上国の実情を目の当たりにしてきた中で、途上国の人々は支援を受けた後の就労先がない、という問題に直面していることを知りました。支援がなくてもそれぞれの国で自立し生活していけるようになるにはどうしたらいいか。なんとか自分にできることはないか、と考えました。そこで「自分で会社をつくることで雇用を創出し、貢献できるのではないか」「未開拓な市場が多いアフリカでは、あらゆる分野で先駆者として自分が優位に立てる可能性が高いのではないか」と考えたのです。アフリカの人々に貢献すること、アフリカを自分の専門分野の一つにすること、その両方を実現したいと思い、アフリカでの起業を決意しました。

キッチンカーでの日本食販売によって、途上国支援のための雇用創出にチャレンジ!

現在はケニアの首都・ナイロビにて、キッチンカーで日本食を販売する事業を立ち上げる準備をしています。この事業プランは、BBT大学のゼミで卒論テーマとして計画・調査してきたものです。ゼミで指導して頂いた椿進先生は、アフリカビジネスにおける日本で指折りのスペシャリスト。椿先生のケニア・オフィスを訪問させて頂くなど、ビジネスプランのご指導以外でも在学中から大変お世話になりました。

事業を計画する上では、ナイロビに何度も渡って現地調査を重ねました。その過程で、日本食は限られた高級店で提供されていることが多く、一般市民には広く浸透していないことがわかりました。現時点で唯一の大衆向けの日本食レストランは非常に繁盛しています。ニーズはあると感じました。そこで、日本食を通して日本のことを広く知ってもらいたい気持ちもあり、「安い・旨い・ボリューミー」な日本食(=どんぶり)をキッチンカーで展開することを考えました。また、ケニアの人はとてもオープンマインドで、起業志向が強いため、キッチンカー自体の販売も行い、現地の人のマイクロビジネス開設(起業)もサポートすることにしました。ナイロビからスタートするこの事業を近い将来にケニアの主要都市に広げて、その先にはアフリカ全土に拡大していきます。そして最終的には、アフリカで大きな雇用を生めるような事業にしていきたいです。

キッチンカーでの日本食販売によって、途上国支援のための雇用創出にチャレンジ!

現在はケニアの首都・ナイロビにて、キッチンカーで日本食を販売する事業を立ち上げる準備をしています。この事業プランは、BBT大学のゼミで卒論テーマとして計画・調査してきたものです。ゼミで指導して頂いた椿進先生は、アフリカビジネスにおける日本で指折りのスペシャリスト。椿先生のケニア・オフィスを訪問させて頂くなど、ビジネスプランのご指導以外でも在学中から大変お世話になりました。

事業を計画する上では、ナイロビに何度も渡って現地調査を重ねました。その過程で、日本食は限られた高級店で提供されていることが多く、一般市民には広く浸透していないことがわかりました。現時点で唯一の大衆向けの日本食レストランは非常に繁盛しています。ニーズはあると感じました。そこで、日本食を通して日本のことを広く知ってもらいたい気持ちもあり、「安い・旨い・ボリューミー」な日本食(=どんぶり)をキッチンカーで展開することを考えました。また、ケニアの人はとてもオープンマインドで、起業志向が強いため、キッチンカー自体の販売も行い、現地の人のマイクロビジネス開設(起業)もサポートすることにしました。ナイロビからスタートするこの事業を近い将来にケニアの主要都市に広げて、その先にはアフリカ全土に拡大していきます。そして最終的には、アフリカで大きな雇用を生めるような事業にしていきたいです。

中村 弘一さん
20代 ケニアでキッチンカー・日本食販売 起業家

1990年生まれ。大阪出身。関西大学卒業、日本生命保険相互会社で営業管理職を経て、カナダで英語、グアテマラでスペイン語を学ぶ。BBT大学に入学後、オーストラリアのバナナ農園などで働きながら経営を学ぶ3年間を過ごした。BBT大学を卒業後、ケニアで起業。途上国支援の本質的な問題解決にチャレンジする。

中村 弘一さん 20代
ケニアでキッチンカー・日本食販売 起業家

1990年生まれ。大阪出身。関西大学卒業、日本生命保険相互会社で営業管理職を経て、カナダで英語、グアテマラでスペイン語を学ぶ。BBT大学に入学後、オーストラリアのバナナ農園などで働きながら経営を学ぶ3年間を過ごした。BBT大学を卒業後、ケニアで起業。途上国支援の本質的な問題解決にチャレンジする。

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