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橋本敏明

2014年春入学。グローバル経営学科 卒業生

1947年北海道旭川生まれ。北海道大学工学部建築学科卒業。大手建築事務所で札幌テレビ塔などの設計に携わる。現在、株式会社ウエル設立(代表取締役)、株式会社レドックステクノロジー(執行役員)、NPO法人れきけん設立(理事)。お孫さんと三世代の大家族で札幌市在住。

70歳を超えて好奇心はつづく。
現在、新しいビジネスを思案中。

社会に恩返しすること。

いつまでも好奇心はつきない。社会に恩返しのつもりで、地域のために仕事を創造したい。新しいことが好き。それは子どもの頃から変わらない性格だ。現在、農業×福祉の地域づくりを考案中。

子どもの頃から、
好奇心が強く。

北海道大学の建築を出て、設計事務所に58歳まで勤めました。どちらかというと、インフラに近い大規模な建築をやってきました。

建築の設計をする人間は、個人でやっている人と、事務所を自分でやっている人と、いわゆる私のようなラージファームといって大きな組織でやっている人に分かれます。

私はラージファームで、チームで仕上げていくというか、開発していくような、割合と大きなプロジェクトをやってきました。学校を卒業して、いちばん最初に担当したのが、広島のバスセンター。それから、いろいろありますが、地域活性化のための再開発ビル(藤丸デパート他専門店)などを担当しました。

小さい頃から、モノを組み立てることが好きで、棒や板の端切れを拾ってきては家や船を作っていました。親が土木の施工をしていたので、その影響を受けていたのだろうと思います。少学2年のころには大人が持つような大工道具一式をすでに持っていました。

好奇心が人一倍強く、自宅の前を通るものに気が惹かれると何にでもその後について行ってしまい、かなり親を心配させたらしいという話しを人伝えに聞いたことがあります。その頃の記念で、私の住所を書いた迷い札(多分、服に縫い付けたと思いますが)を持っております(笑)。

コルビュジェ、デュシャンに影響を受けて。

それから、高校2年生の頃に、ある建築家の写真と出会いました。それを見た瞬間、何というか、元気を与えられて、こういうものをやってみたいな、と瞬間に思ったんです。

新聞に掲載されている小さい写真で、5×10センチ位の白黒写真。フランスのル・コルビュジェという建築家の作品でした。「フェルミニ教会」の模型写真。それを見た瞬間、衝撃を受けました。

でも、実際にできた建物は高さが半分くらいなんですね。設計段階では、もっと大きい。予算の関係で、半分くらいに縮まっちゃったんでしょう。

でも、こういう奇想天外なものをやってみたい、イコール建築家になるには地元は北大しかない、という考えで北大に入学した訳です。

それともう一つ。そのころアバンギャルド、前衛芸術が流行っていて、その中でマルセル・デュシャンという作家が、ある時、「泉」という題で男性便器に落書きをした作品を発表しました。芸術家は、小難しい理屈ばかりをこねるのではなく、また、俺の才能・俺の才能とばかり言い募るのではなく、匿名で、みんな楽しく生きようや、ということを言ったわけです。

芸術の大衆性ですね。それを高校卒業前後に聞いて、この考えにも衝撃を受けた次第です。 当時、日本の建築界には丹下建三、磯崎新、黒川紀章、槇文彦などのスター建築家が競って作品をつくっていた時代ですが、そういう個人名が主張しているものより、普通の人のための建造物を、匿名性をもってチームでつくりあげることに意義を見出してきました。

大きな建築ファームに入って、プロジェクト単位の仕事をやってきました。で、最後は札幌のテレビ塔の建て替えをやりたいから、そのプロジェクトマネージャーになって全部取り仕切ってくれと命令が下り、そっちに引っ張られたんですけど、それもいろんなことでお蔵になって、建築から離れることとなりました。

人生の第二ステージは、
社会のために恩返しを。

その時からは、いままで自由にやらせてもらってきたので、お礼としては、やっぱり何かを社会にお返ししなきゃいけないということで、NPOのお手伝いをしたり。それとか、ベンチャー企業でお手伝いをしたり。いまBBTの谷中さんのおかげで農業支援のNPOをつくろうとしています。

ベンチャー会社では、いま流行りのコロナのウイルスに対抗する「水」の開発をやっています。次亜塩素酸水というものです。コロナの、除菌のための除菌水。それを開発しています。医療用具などの洗浄・殺菌を行う水の用途開発の1つです。 “ケミカルフリー”という概念で、地球環境の維持に貢献しようとしています。

電解水っていうのは世界的に見ても日本が一番進んでいるんです。この電解水の除菌の分野です。これをうまく使ってやれば薬になるんですね。つまり、電解水をうまく使ってやれば副作用が非常に少なく、反応すると水になって、環境にはとてもいい訳です。

卒論は、「地産地消のための宅配事業」。

卒論のテーマ「地産地消のための定期宅配事業」にも取り組んでいます。卒業して2年になりますが、やっと事業を起こす手がかりを掴んでいるところです。

北海道はある意味では、産業がないと思っています。そこで品物は非常に少ないが、農業だけはなんとか可能性があるかな、と思っていまして。それで農業を使った産業を起こそう、と。

ただ、農業だけじゃ誰でもやるでしょうから、面白くない。6次産業、農業と福祉が連携して住みやすい生活圏ができるんじゃないかと思っています。で、仲間と集まって福祉的な要素を取り入れた農業をやって、できた農産物を売って事業として成り立たせながら、福祉的にも雇用が生まれるという循環ビジネスです。

障害者の方がいれば、できる仕事をやってもらう。それに対して、売り値も含めて、良い単価を出せるようなシステムを考える。地域の繁栄は、結局、地域で回さないとダメなんですね。回してお金や雇用をどうやって地域に還元していくかが大切です。作る人、買う人、そこに雇用される人の循環づくりです。

居ながらにして、直接的に学べる、
自由に学べるのが、BBT。

BBTに出会ったきっかけは、家を動かなくて何か学ぶことが出来る組織がないかと。それとアグレッシブに新しいものを取り入れる提案をしてくれるような組織を探していました。それを叶えてくれたのがBBTでした。

入学は2015年です。カリキュラムを、好きに選択させてくれるのがいいですね。普通、学校は線路を引いて、そこを走らせようとします。しかしBBTでは、それが敢えてない。そこが、とても気に入りました。他のインターネット大学と見比べて、結果的には自由度で選べばBBTが良いということになりました。

私はアナログで育ったものですから、最初、議論の仕方(エアーキャンパス)のやり方が全然分からず、戸惑いがありました。家族にサポートしてもらいました(笑)。でも何とか、4年間で128単位とって卒業できました。

たしかに大変でした。ベンチャーの会社を1つ、NPOを掛け持ちをしていたもので。あと、「れきけん」という歴史的建造物の保存や調査、研究をやっている組織の理事もしています。こーみると、あれこれ好きでやっていますね(笑)。

私はじっとしているのが嫌いな性分というか、新しいモノ好きなんでしょう。なんでもやってやろうという気持ちがあります。パソコンとかスマホとかそういうものも昔は無かったわけですが、あまり抵抗はありませんでした。

これから入学される方には、居場所を選ばない大学だからこそ、じっくりと時間をつくれるはず。自分を信じて行動するきっかけをたくさん学んで欲しいと思います。

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TOSHIAKI HASHIMOTO