教員ピックアップインタビュー > 谷中 修吾

谷中 修吾

Shugo Yanaka

社会起業家

ゼネラリストでもスペシャリストでもない、“マルチスペシャリスト”という選択

人生のドライバーは、故郷での原体験

ビジネスプロデューサーとして、日本全国で地方創生まちづくりのソーシャルスタートアップを手がけています。内閣府・総務省・環境省など国の事業の総指揮も執るし、スターバックスやANAなどグローバルカンパニーとの共同事業も手がけるし、自分で勝手に立ち上げる事業もたくさんあります(笑) 専門技能の中心になっているのは、マーケティング技法を駆使した事業開発。どうして「まちづくり」が「マーケティング」と結びつくんだろう?って思いますよね。これには、私の幼少の頃の原体験が深く関係しています。

私が生まれ育ったのは、静岡県の浜名湖に隣接する、湖西市という緑豊かなまち。某自動車メーカーの工場がある所としても有名ですが、その工場がどんどん増設され、それに伴って道路が作られ、自分の好きだった田園風景が、無機質なアスファルトに覆われてしまったのです。「これはあり得ない。自分だったら、もっと工夫するのに…」と、10歳の小学生ながらに憤慨。その土地に息づく人も自然も、それぞれの持ち味を活かした「まち」をつくりたい、という思いが芽生えました。その頃、ちょうど自分のイメージする社会像とリンクしたのが、映画『風の谷のナウシカ』で描かれていた「風の谷」。そこから、「風の谷構想」が誕生しました。

あらゆる素材の持ち味を活かして、ワクワクするまちをつくりたい… 私のまちづくり構想は、着想から長い年月を経て今、国や地方自治体、グローバルカンパニー、世界の人々と繋がり、様々なまちづくりプロジェクトとなって実現しつつあります。ソーシャルスタートアップの専門性を活かしながら、まちづくりクリエイターとして社会に貢献できることは、本当にワクワクします!ただ、ここに至るまでの道のりは、決して美しいサクセスストーリーではありませんでした。悩み、立ち止まり、試行錯誤を繰り返して、今のスタイルに至っています。一番苦しかったのは、思春期の高校時代ですね。

出口の見えないトンネルから見出したもの

高校に進学して多感な生活となる一方、周りが一斉に受験勉強モードになる中で、「自分は何がやりたいんだろう、何になりたかったのだろう」と悩み始めるわけです。受験をして、大学に進学して、学部が分かれて、その先に仕事が紐づく… 「そのまま進んで何があるのだろうか」と、ものすごく疑問に思ってしまったわけです。
そこから、「人生ってなんだろう」「そもそも人間ってなんだろう」と思い悩み始めました。 哲学少年になりましてね、取るもの手につかず、結果的に受験を放棄してしまったんです。それが18歳。高校卒業、無所属。初めて、完全に社会のレールから外れました。そもそも自分は何をやりたいのか、自分は一体誰なのか、自分の存在の意味は何なのか、考えて考えて考えて、悶々ともがき悩む日々が始まりました。

人生で初めて真剣に自分と向き合う時間。トンネルの出口がまったく見えない。考えれば考えるほど深みにハマる。「もう、すべて分からない」と思考を手放し始めたのが、無所属3ヶ月目くらいの頃でした。かつてのワクワクの断片を、思い出し始めたんですね。「そうだ、自分が思い描く“まち”をつくりたかったんじゃないか」と。
もちろん、まちをつくるなんてことは、やったこともないし、できるかどうかも分からない。それでも、18歳の自分がワクワクする、漠然としたイメージはありました。だったら、それでいいじゃないかと。 では、構想を実現させるために必要なスキルは何だろう。まちを作るという壮大なプロジェクトは、さすがに準備なしでは実現できません。将来どうやってその道を築いていったら良いのか、自分なりの超ざっくり人生基本計画を立てて、まちづくり構想の実現に必要なスキルを体得しようと決めました。それは大きく3つ。

1.プロジェクトを企画して実行する“マネジメント”
2.立ち上げたプロジェクトを人に伝える“メディアコミュニケーション”
3.プロジェクトの担い手を育てる“人材育成”

これが決まってからは、もう早かったですね。“刺激的な環境に身を置いてスキルを習得したい”“最先端のものに触れたい”“同世代の凄いヤツに会ってみたい”と、どんどんやる気が湧いてきて、それならばと大学へ進学する理由になりました。
大学入学直後から、いろんな仕事をしてきました。どんどん武器を手に入れるために、「12年間のトレーニングプログラム」を独自に考案。特に深い意味はなく、「干支の一回りに相当する12年も仕事をすれば、さすがに手に職はつくだろう」と思ったわけです。
19歳でクリエイターとして活動を始め、コピーライター、WEBデザイナー、映像ディレクター、ラジオDJなど、凄まじい勢いで仕事を拡大。クリエイティブの経験を活かしてNPO・NGO参謀に参画し、スタンフォード大NGO、松下政経塾、経済産業省キャリア教育プロジェクトなどで事業経営の実績を重ねました。そして最後に、外資・戦略コンサルに参画して、 郵政民営化、事業再建、M&Aなど、プロフェッショナルとしての経験を積んだのです。
これらのキャリアを通じて、当初から目標としていた3つの領域で、30種類以上の専門スキルが身に付きました。スマートフォンに喩えて表現するならば、30個のアプリを自分の中にダウンロードしたようなイメージですね。

やってきて分かったことは、アプリ1個だけでは競合他社に負けてしまうけれど、2個あると比較優位に持ち込むことができて、それがさらに増えると…もう負けないですよね。例えば、コンサルティング一つをとっても、戦略コンサルタントでありながら、クリエイティブディレクションもできて、それを人に教える研修もできる、というようなイメージです。「勝ち負け」というよりも、「オンリーワン」にならざるを得ないのです。結果的に、必ずユニークなポジショニングになって、自分にしかできない価値につながっていくのかなと思います。

“マルチスペシャリスト”になる

中学生の頃でしたかね、歴史の教科書にレオナルド・ダ・ヴィンチについて書かれていました。ゴシック体で、「万能人」。体に電撃が走りましたね。これだ、と。ダ・ヴィンチはルネッサンスを代表する、誰もが知る芸術家ですよね。しかし、彼は決して芸術だけに優れていたのではなく、医学、数学、幾何学、音楽… 様々な分野でも際立った業績を残しました。まさに「万能人」です。はっとしましたね、自分が目指す姿はこれだと思いました。一般的に、世の中には「ゼネラリスト」と「スペシャリスト」の2者がいると思いますが、そのどちらでもない“マルチスペシャリスト”、つまり、“全てにおいて専門性を持つ専門家”って最高にクールだと思ったのです。

歴史上の人物ではありますが、万能人としてのダ・ヴィンチの生き方は、自分の中で最もフィット感のあるロールモデルであり続けました。だからこそ、30職種以上の専門技能を体得するというプロセスも、極めて自然に実践できたのかもしれません。結果として、何かを立ち上げるときには、「まずは1人ですべてやる」という基本スタイルが確立し、後々に大きく役立つことになりました。

これは、周りとコラボしないということではありません。むしろ、コラボは必須です。特に、まちづくりの領域では、様々なパートナーとの協業は超重要です。ただし、新規事業を立ち上げる時には、全てを外部に発注していたら、いくら資金があっても足りないわけです。多くの人が関われば、調整に膨大な時間もかかる。それを1人でサクッとやってしまえば、超絶なスピード感で構想をカタチにすることができる。一旦、粗くてもカタチができていれば、仲間も加わりやすい。そして、すでに自分が実践しているからこそ、高い熱量とクオリティーを持って相手に伝え、広めていくことができる。

つまり、マルチスペシャリストの強みを最大限に発動することで、超速リーン・スタートアップを実現できるというわけなのです。これは、現在、私が手がけている様々なまちづくりプロジェクトに活きています。その一つとして挙げられるのが、超絶まちづくりの集合知を社会にシェアするための地方創生イノベータープラットフォーム「INSPIRE(インスパイア)」です。

一個人の可能性を無限に引き出し、世界中で理想のまちをつくる

INSPIREは、日本全国で活躍する地方創生まちづくりのイノベーターたちを束ね、カンファレンスの主催や総監修協力を通じて、超絶まちづくりの集合知を広く社会にシェアしています。言わば、超絶まちづくりTEDです。立ち上げから僅か数年で、国内最大級の地方創生イノベータープラットフォームに成長しました。この事業そのものも、過去20年超のキャリアで培った人脈をフルに活かして、一個人の超速リーン・スタートアップで生み出した成果の一つです。

INSPIREを立ち上げる前、私は全国各地の地方創生事業のプロデューサーを務めていたのですが、現場を重ねる中であることに気づいたんですね。地域でまちづくりに関わりたいという人は確かに増えていて、多くの人が地域に飛び込んでいくのですが、3年、4年、5年も経つと、自身の生計が苦しくなって元の生活に戻っていくのです。よく見てみると、皆、地域で同じような課題に直面して、同じような悩みを抱えて、同じような試行錯誤を繰り返している…。現場で愚直に頑張っている人ほど、事業がなかなかうまくいかずに悩んでいるということに気づいたんです。

一方で、地域の課題を解決しながら、事業として華々しく成功していく人もいるわけです。それが、いわゆる「社会起業家」や「イノベーター」と呼ばれる人たち。その差は何かと言うと、マーケティング×ビジネスモデリングを中心とする「ビジネスデザイン技法」を持ち合わせているか否か。ビジネスプロデューサーの私から見れば、この構造的な差異性は明らかでした。世の中に地域活性化の事例集は溢れているのに、まちづくりのビジネスデザイン技法は全く語られていなかったのです。

だったら、イノベーターの実践事例に基づいて「超絶まちづくりの集合知」を体系化し、単なる事例集ではなくビジネスデザイン技法のフレームワークをすべてオープンにしたらどうかと。その“武器”を、地域活動の現場で悩んでいる人や、これからまちづくりを始める人に渡すことができれば、まちづくりの成功確度は格段に上がるという確信がありました。そこで、かつてTEDキュレーターを務めた経験を活かして作り上げたのが、INSPIREなのです。この集合知を活かしながら自分自身も実践者としていろんな地域に飛び込んでいくし、自分1人のノウハウにするのではなく社会にオープンにしたい。そうすれば、ものすごい勢いで日本各地にワクワクするまちをつくれるのでは、と考えています。

これからは、まちづくりの領域で、「地域」とか「国」という概念は薄くなっていくと思っています。どこでも起こっている問題の本質は共通しているからです。地域や国を越えて、“超絶まちづくりの集合知”をシェアしていくことができます。もちろん、その時々で、法制度やルールが壁として現れるかもしれません。でも、今の時代は、社会起業というアプローチでムーブメントをつくることによって、国や行政が変わらざるを得ないという状況を作ることが、本当にできるんですよね。実際、私もそうしています。そうしていけば、従来の国や自治体という括りにとらわれず、国境も越えて自由にまちづくりを実践していけるのかなと。事実、直近では、国立台湾大学から招待をいただいて、超絶まちづくりの集合知について講演をしてきました。日本のみならず世界中でワクワクするまちづくりを展開していくことができると確信しています。活躍のステージは無限にありますね。

インタビュー動画

谷中 修吾

BBT大学 経営学部グローバル経営学科 学科長・教授
BBT大学大学院MBA 教授
地方創生イノベータープラットフォーム INSPIRE 代表理事/総合プロデューサー
静岡県湖西市出身。慶應義塾大学総合政策学部卒業、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻修士課程修了。マーケティング技法を駆使した事業開発を専門とし、地方創生まちづくりのソーシャルスタートアップを数多く手がける。

  • Twitter
  • Facebook
  • はてなブックマーク
  • Google+
  • Pocket